大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)212号 判決 1966年4月20日
控訴人・登記抹消申立人(反訴原告) 橋尾清弘こと渡辺清弘
被控訴人・登記抹消被申立人(反訴被告) 橋本三次郎
登記抹消被申立引受人(反訴被告) 根岸道明
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
反訴被告橋本三次郎は反訴原告に対し別紙目録<省略>第二及び第三の土地につき大阪法務局北出張所昭和三二年六月一九日受付第一一、八一一号昭和二六年二月二六日売買に因る判決確定を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
反訴被告根岸道明は反訴原告に対し別紙目録第二の土地につき同出張所昭和三七年一一月一日受付第二七、八八七号同日贈与を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用中第一審において生じたものは被控訴人橋本三次郎の負担とし、当審において生じたもののうち訴訟引受に因つて生じたものは反訴被告根岸道明の負担とし、その余は被控訴人(反訴被告)橋本三次郎の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
控訴人(登記抹消申立人、反訴原告、以下単に控訴人又は反訴原告という)訴訟代理人は控訴につき、主文第一、二項同旨並に控訴費用は被控訴人(登記抹消被申立人、反訴被告、以下単に被控訴人又は反訴被告という)橋本三次郎の負担とする、との判決、民事訴訟法第一九八条第二項に準ずる登記抹消申立(この申立が不適法なる場合は反訴請求)として主文第三、四項同旨並に訴訟費用は反訴被告らの負担とする、との判決を求め、被控訴人(反訴被告)橋本三次郎訴訟代理人、右登記抹消被申立引受人(反訴被告・以下単に反訴被告という)根岸道明訴訟代理人はいずれも、本案前の申立として本件控訴並に反訴を却下する。との判決を求め、本案につき、本件控訴並に反訴請求をいずれも棄却する、との判決を求めた。
第二、当事者双方の事実上法律上の陳述、証拠の提出援用認否は、事実関係につき、
控訴人訴訟代理人において、
一、本件控訴追完の理由として
(イ) 本件訴状及び原審口頭弁論期日呼出状並に判決正本は何れも控訴人の住所が不明であるとして公示送達の方法によりなされたものであるが、被控訴人橋本は本件訴訟提起当時、控訴人及び母はるゑの住所が大阪市城東区白山町一丁目五八番地渡辺敬治方(以下単に白山町の家という)にあることを熟知しながら住所不明として公示送達の申立をなしたため、原判決正本は公示送達によつて送達されるに至つたものである。すなわち、本訴提起前の昭和三一年九月頃被控訴人橋本、秋山治土弁護士外一名が打連れて当時控訴人の住所である右白山町の家に来り、控訴人の親権者はるゑに面会を求め、秋山弁護士ははるゑに対し何か書類を示し「此の書類に捺印をせよ、もし捺印をしなければ告訴する。そうすれば刑事事件がおこる。」といつておどかした。これに対しはるゑは「自分は橋本と中西も知らぬから応じられない。」といつてその要求を拒絶した事実がある。更にその後被控訴人橋本は藤井某を伴い控訴人方に来て「訴訟すれば費用がいるから円満に捺印せよ、」といつて来たことがある。故に被控訴代理人秋山弁護士は控訴人の住所が右白山町の家と知りながら、本訴提起については本籍地の戦災地である大阪市都島区都島中通二丁目八番地を控訴人の住所として表示し、右訴状が不送達となるや直に住所不明として公示送達の申立をしたものである。ところが控訴人は右公示送達のあつたことを知らなかつたのでその責に帰すべからざる事由により控訴期間を遵守することが出来なかつたものである。
(ロ) 控訴人は昭和三五年七月一八日本件記録を閲覧して初めて右判決のあつたこと及び判決正本が公示送達によつて控訴人に送達されている事実を知つたのであるから茲に本件控訴申立に及んだ(大判昭和一六・七・一八民集二〇巻一五号九八八頁)と陳べ、
被控訴人らの主張に対し
昭和三五年六月二三日控訴人の義父渡辺敬治が昭和三五年六月二三日被控訴人本人及びその代理人秋山弁護士方を訪問した事実は認めるが、これは被控訴人ら主張のように公示送達を難詰するために赴いたのではない。右敬治が登記簿を閲覧したところ本件不動産の所有名義が被控訴人橋本に変更せられていることを知り先づ同被控訴人方に赴き「何故に被控訴人名義に移転せるや」を問合せたが、同人は「自分は何も知らぬ、訴外中西がしたものであるから同人に問合せてくれ、」と答えたので、右中西に面会したところ、同人は秋山弁護士に頼んでして貰つたものであるというので、更に秋山方に赴いてその事由をただしたにすぎない、その時は公示送達のことは知らず、控訴代理人亡木村弁護士に依頼して登記申請書付属書類である判決正本を写し、更にそれにより事件番号をしらべ、記録を調査して始めて公示送達の事実を知つたものである。と陳べ、
二、本案の答弁として、
控訴人は別紙目録第一の土地(以下本件土地という)を被控訴人橋本に売渡したことはない。本件土地は控訴人の父橋尾光一が関西不動産株式会社より買受け所有していたが(登記済)、同人は昭和二〇年四月一一日死亡し控訴人が家督相続によりこれを所有するに至つたものである。控訴人は昭和一三年二月二二日生で当時未成年であつたので母はるゑが親権者法定代理人であつた。控訴人又は母はるゑが被控訴人橋本にこれを売渡したことのないのはもちろん、土地区画整理換地手続完了次第これが所有権移転登記手続をすることを約したこともない。当時控訴人の祖母橋尾とくが親権者はるゑに内密に訴外中西林造に金五万円を借用し、その際本件土地の権利証とはるゑの印鑑証明とを中西に預けたものである。そしてその後とくは右弁済金を中西方に持参したのに対し中西は「書類(権利証等)は見当らないから、暫らく待つて貰いたい。何れ通知する、」旨答えて右弁済金を受領しなかつたものである。
三、民事訴訟法第一九八条二項による申立(この申立が不適法の場合は反訴請求、以下、これを単に反訴という)並にその理由(以下これを反訴請求原因という)として、
被控訴人橋本は本件訴訟を提起し不当に公示送達の申立をして別紙目録第一の土地について一審勝訴の判決を得たが控訴人の追完、控訴申立により一審判決は未確定であるのに昭和三二年六月一九日これを自己名義に所有権移転登記をうけ、更にこれを別紙目録第二、第三の土地に分筆(昭和三三年二月五日)したので、民事訴訟法第一九八条二項による申立(反訴)として被控訴人橋本に対し右第二、第三の土地につき所有権移転登記の抹消登記手続を求める。被控訴人は更に本件控訴係属中昭和三七年一一月一日受付第二七八八七号を以て右第二物件について原因同日贈与として反訴被告根岸に所有権移転登記をした。右は根岸において右反訴係属中右反訴の目的たる土地について債務を承継したものに該当するので民事訴訟法第七四条によつて、同人に対し右反訴について訴訟の一部引受の申立をし、同人のなした右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。と陳べ、
四、被控訴人ら主張の表見代理、追認の事実を否認し、被控訴人(反訴被告)橋本及び反訴被告根岸の各訴訟代理人において、
一、本案前の申立の理由として。
控訴人の被控訴人橋本に対する控訴追完申立はその要件を欠き不適法である、従つてその適法なることを前提とする被控訴人らに対する反訴請求も不適法である。公示送達の追完が許されるには控訴人において各送達を過失に基かず知らなかつたことを主張立証しなければならない。これを単に知らなかつたということだけで追完が許されるものとすればそれは公示送達制度の趣旨を没却するものである。自己に対する判決の送達についての注意義務としては控訴人に過失あること明かである。すなわち、被控訴人橋本は本訴提起に先立つて自ら売買仲介者と共に或は弁護士秋山を代理人として、控訴人養父渡辺敬治方を訪れ同人に被控訴人がこれを買受けたものであることを書面を提示して説明し、親権者である橋本はるゑの行方を尋ねたものである。然るに控訴人の養父等はその内妻はるゑの所在を知りながら瓢箪山で病気療養中であるとか、面会謝絶中であるとか虚言を弄し、その所在を明かにせず、よつてその所在不明のため公示送達の方法により判決を得たのであり、しかも判決により被控訴人橋本が本件土地について所有権移転登記した直後の昭和三五年六月二三日右渡辺敬治はそのことにつき被控訴人宅を訪ねているのであつて、同人はその時以前に本件第一審判決のあつたことを知つていたわけである。そして控訴人の親権者母はるゑは渡辺敬治の内妻であり、ここ一〇年来同居しているというているので右事実(前記起訴前の被控訴人の訪問)について渡辺敬治より聞いている筈であるばかりでなく、同人自身の証言によるも少くとも本件土地をめぐり、これを買受けたと主張する被控訴人橋本が控訴人及び母はるゑを探し求めており、弁護士も関与しているほどであるからそのまゝ放置すれば訴訟になること、従つて不日判決のあることを十分予想している筈であることがうかがわれる。右のような事情の下においては控訴人はその「責ニ帰スヘカラサル事由ニ因リ不変期間ヲ遵守スルコト能ハサリシ場合」ということができない。
以上のとおり控訴人の本件追完の申立は不適法で、従つて判決確定後になされた本件控訴は不適法であるから、これが適法なことを前提とする控訴人の反訴被告らに対する請求はいづれも理由がない。
二、かりに本件追完が適法で従つて本件控訴は適法であるとしても次の理由により被控訴人橋本の本訴請求は正当で、控訴人の控訴、並に反訴請求は理由がないから棄却されるべきものである。
(イ) 本件土地は訴外橋尾とく(控訴人の祖母)が訴外関西土地株式会社より買受け(昭和一〇年六月三日)、後昭和一四年六月一二日控訴人の父光一名義に訴外会社より所有権移転登記を受け、光一が昭和二〇年四月一一日死亡したため、控訴人が家督相続によりこれが所有権を取得したものである。そして本件売買がなされた当時控訴人は未成年者で母はるゑが親権者として法定代理人であつたが、実権は祖母とくに属し、とくは本件土地を他に売買しようと考え、母はるゑも承諾し、自ら委任状を作成し、その代理人に訴外中西林造を選任し買主を求めていたところ被控訴人がこれを買受けようと申出話がまとまり、公正証書を作成して被控訴人と控訴人の法定代理人はるゑとの間に売買契約がなされたもので、右売買は適法になされたものである。
(ロ) かりに本件売買について控訴人の母はるゑが訴外中西林造に対し直接代理権を与えたものでないとしても、右代理人の選任は祖母とくがはるゑの名においてしたものであり、しかもとくははるゑよりの授権に基き右中西を代理人に選任して本件売買契約をなし、その代金の受領もはるゑの名においてしたものであるから、右売買は適法有効である。
(ハ) かりにとくに本件土地売却について右のような代理権がなかつたとしても次の事由によりとくや中西の代理行為について表見代理が成立する。すなわち、とくは橋尾家一家の生活の主宰者で控訴人の祖母であり、はるゑの母の地位にあり、殊に本件土地を関西土地株式会社より買受けた事実上の買主であり、はるゑより本件土地についての権利証や自己の印章の交付をうけていたものであり、また控訴人の法定代理人はるゑの名において金借することを委ねられておつたものであるから、かりに右売買契約を中西を介して被控訴人橋本となすに至つたことが、とくの授権の範囲をこえたものとしても、とくや中西は右はるゑの印鑑証明や委任状、本件土地の権利証を所持していたから被控訴人橋本はとくや中西に本件土地の売買について代理権ありと信じ、又かく信ずるについて正当事由があつたから控訴人は民法第一〇九条第一一〇条により善意の第三者たる同被控訴人に対しその責に任ずべきである。凡そわが国においては古くから印章殊に実印を重視する慣習があり、本人は代理人を深く信頼するのでなければ、これに実印を託するようなことはせず、又一方第三者も本人の実印を所持し印鑑証明を所持する者を真実の代理人と認めてこれと取引をするのが通例であるから、控訴人の母はるゑは民法一〇六条所定の趣旨に基き法定代理人の復代理人としてとくに対し一定の法律行為を委任し実印を交付したものと解すべく、右とくにおいてはるゑの実印を使用しはるゑを代理し控訴人の名において本件売買契約を締結し代金を受領したものであるから、被控訴人橋本はとくが控訴人を適法に代理して本件契約をなす権限を有するものと信ずるにつき正当理由があつたものといわねばならない。
二、かりに控訴人の祖母とくが控訴人の母はるゑの承諾なく本件売買をなしたとしても、とくは本件物件の実権者であり、はるゑはこれを追認していたものである。(イ)本件土地に対する大阪市東淀川区長より控訴人の父光一名義の土地に対する地租及び固定資産税等の納税注意書(甲第五号証)を、中西林造を通じ被控訴人橋本に廻送して来て、同被控訴人においてこれを代納し、爾後の分も同被控訴人において支払をつゞけている。(ロ)控訴人は本件土地を売つたことを否定するが、控訴人は本件売買のなされた以後何ら本件土地について通常所有者としてなすであろう管理をしていない。戦後土地は国民の関心をあつめているものであるのに十数年本件土地がどうなつているか知らない状態でいる。ということは本件土地が既に売却されていたから控訴人が無関心であつたのであつて、このことはたとえ祖母とくが本件土地の売却の局にあたつたとしても控訴人の法定代理人母はるゑにおいてこれを追認していた証拠である。と陳べ、
証拠関係<省略>……と陳べた、
ほかは原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。
理由
職権を以て按ずるに、本件第一審判決は昭和三二年三月二二日午前一〇時大阪地方裁判所において言渡され、同月二六日公示送達の方法により控訴人に送達され、その公示送達は民事訴訟法第一八〇条第一項但書の規定によつて翌二七日送達の効力を生じたものであるところ、控訴人はその控訴期間経過后である昭和三五年七月二一日当裁判所に控訴の申立をしたこと記録上明かである。よつて控訴の適否について審究するに、記録によれば、原審において被控訴人は控訴人に対し昭和三一年一一月一九日本訴を提起するに際し控訴人(法定代理人親権者母橋尾はるゑ)の住所を本籍地の大阪市都島区都島中通二丁目八番地(当時本件土地の登記簿上の控訴人の住所はそこになつていた)として訴状を提出、それが不送達となるや甲第一号証(本件売買契約公正証書に表示せられた控訴人及びその法定代理人はるゑの住所たる布施市長堂一丁目五五番地に宛て送達が試みられたが両名は既に数年前にはこの住所から移転しておりまた不送達となつたので、受送達者の住所不明を理由に控訴人に対する書類の送達につき公示送達の申立をなし、原審においてこれが許容されて公示送達の方法により控訴人不出頭のまま審理判決され、その判決の送達も前示のように公示送達の方法によつてなされたことが認められる。
そして各成立に争のない甲第一、二号証、同第一一号証の一、二、乙第一号証の一、二、公文書で真正に成立したものと認むべき乙第三号証(甲一号証の公正証書添付はるゑの印鑑証明書)に当審証人渡辺敬治、同橋尾はるゑ(第一、二回)の各証言更に控訴状添付の控訴人の戸籍抄本及び弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は昭和一三年二月二二日生で本件訴訟が提起された当時未成年者で母はるゑが親権者として法定代理人の地位にあつたこと、右はるゑは昭和二六年一二月二日以降控訴人(当時橋尾清弘)とともに大阪市城東区白山町一丁目五八番地(肩書地)に住民登録をし、事実上もその頃より同所に居住していたこと(昭和二六年一一月二七日当時は布施市長堂一丁目五五番地に住民登録し、昭和二六年一二月二日自己を世帯主として控訴人と共に右白山町の肩書地に転入、次でとく亡夫光一の母、控訴人の祖母も同世帯員として昭和二七年三月二〇日転入各住民登録をし、昭和三一年一月一七日右三名は同所同番地渡辺敬治(世帯主)の世帯と合併し、右敬治の世帯員として三名共住民登録をした)、控訴人の母はるゑは昭和二六年頃既に右渡辺敬治と内縁関係があり、爾来右同人方で控訴人と共に同棲していること、控訴人はその後成年に達した後昭和三五年三月二一日右渡辺敬治(夫)と同みつゑ(妻)と養子縁組をしたこと、被控訴人及その代理人秋山弁護士は本訴を提起する前に控訴人及びその法定代理人親権者母はるゑが前記本籍地に居住していないこと及び同人らが肩書住所の大阪市城東区白山町一丁目五八番地渡辺敬治方に居住していることを知り、昭和三一年九月頃本件土地の所有権移転登記請求のことで右渡辺方に交渉に来てはるゑに会つたが同女は容易に承諾せなかつたので、当時本件土地の登記簿上の住所地である前示本籍地を控訴人の住所地として控訴人に対し本訴を提起するに至つたこと、かくて原審では控訴人不出頭のまま審理され昭和三二年三月二二日控訴人敗訴の判決が言渡されたが、控訴人の母はるゑ又は控訴人側においては本件訴訟が提起され判決の言渡があり、その送達が公示送達によりなされていることを全然知らず、偶々昭和三五年六月頃渡辺敬治が登記簿を閲覧したところ、本件土地について控訴人より被控訴人に判決により所有権移転登記がなされていることを発見し同月二三日被控訴人宅並に代理人秋山弁護士事務所をたづねその事由をたづねたところ正当な手続によつているとの応答のみであつたこと、そこで控訴人は木村弁護士に依頼して同年七月一八日右登記申請付属書類である判決正本を写させ、更に同日それによつて事件番号をしらべさせ、本件記録を閲覧せしめて漸く公示送達の事実を知り同月二〇日木村弁護士において一審判決正本の直接交付をうけ、翌二一日本件控訴提起に及んだことを各認めることができる。以上認定にていしよくする当審証人藤井従道の証言及び被控訴本人の供述は採用せず、他に右認定を左右する証拠がない。
右認定事実からすると、控訴人及びその法定代理人はるゑは本件訴訟提起当時以前からその肩書住居に居住し、同所に住民登録もなされていた(従つて、控訴人が被控訴人の訴求を免れまたは困難にするため住居を変えたようなことがない)のみならず、被控訴人は本件訴訟前から控訴人の法定代理人(受送達者)の右住所を知つていたものと認められるのであつて、このような場合被控訴人より公示送達の申立がなされる如きことは通常の事態の下では到底察知しえないところであるから控訴人又はその法定代理人が本訴状や右判決が被控訴人の申立に基き公示送達の方法により送達がなされていることを知らなかつたとしても、その過失に出たものということはできない。けだし公示送達は名宛人が送達すべき書類の内容を現実に了知できなくとも法律上了知のあつたものとみなして通常の送達の効力を付するのであるから、名宛人がそれを知らなかつたとしても送達は有効でありまたその送達を知らなかつたというだけではもとより追完は許さるべきではないが、当事者がその責に帰すべからざる事由で送達を知りえない場合には民事訴訟法第一五九条の適用がある(大判昭一六・七・一八民集二〇巻九九三頁)。凡そ住民登録のなされている所に居住している限り、住所不明として公示送達による送達がなされることはないと期待するのが通常でたとえ誤つて、訴提起に際し公示送達の申立がなされても住民登録地が察知しうべき状況にある限り一応住民登録地に宛てゝ送達が試みられるからそこに居住している限り公示送達によらないで送達がなされると期待するのが普通である。現住所に住民登録をしている者でも常に少くとも住所地所轄の裁判所の公示送達の掲示場を注意していなければならないということは公示送達制度の本旨から考えてもその限度をこえた無理な要求といわねばならぬ。そればかりでなく、本件では被控訴人が控訴人、法定代理人の右住所を知つて訪ねていつていることが認められるのであつて、被控訴人が控訴人法定代理人の住所を知つている以上たとえ将来被控訴人より本件土地について訴訟の提起が予想されても、通常の方法により送達がなされるものと思いこそすれ、公示送達の申立がなされる如きは夢想だにしないところと思われるから控訴人(法定代理人)が公示送達による送達がなされたことを知らなかつたことにつき控訴人(法定代理人)に過失があつたものということはできない。(控訴人法定代理人の住所を知りながらその場所への送達を求めずして他の場所を表示し不送達となるや公示送達の申立をした被控訴人の態度こそ責められるべきである。)そして前認定事実からみると控訴代理人が昭和三五年七月一八日本件記録閲覧に及んで原判決の送達が公示送達によりなされていることを始めて知り、それより一週間内の同月二一日本件控訴提起に及んだものであるから、右控訴は民事訴訟法第一五九条の規定により追完されたものであつて、本件控訴申立は適法といわねばならない。
第二、本案について。
一、本件土地がもと控訴人の父橋尾光一の所有であつたこと、同人が昭和二〇年四月一一日死亡し控訴人が家督相続によりこれを取得したことは当事者間に争がない。控訴人は昭和一三年二月二二日生で父死亡後は母はるゑの親権に服し、昭和三五年三月二一日渡辺敬治同みつゑと養子縁組をしたことは成立に争のない甲第二号証と本件控訴状添付の控訴人戸籍謄本によつてこれを認めることができる。
二、成立に争のない甲第一号証(公正証書正本)によれば、訴外中西林造は控訴人の親権者母はるゑの代理人として昭和二六年一二月二六日被控訴人橋本に対し控訴人所有の本件土地(別紙第一目録記載のとおり)を代金九万一五一八円で売渡す契約をし、その頃右代金全額を受取つたことが明かである。被控訴人らは控訴人の母はるゑ(法定代理人)が直接又は祖母とくを介し右中西に本件土地の売買につき代理権を与えた旨主張するけれどもこれを認めるに足る証拠なく、却つて当審鑑定人米田米吉の鑑定の結果に当審における橋尾はるゑ(第一、二回)同橋尾とく(第一、二回)同藤井従道、同中西誠次の各証言及び被控訴人橋本の供述(各一部)を綜合すれば、控訴人の祖母とくは訴外中西林造に対し昭和二六年一一月末頃金五万円の借用を申入れたところ、同人は手許に貸す金もないから、本件土地を売つたらどうか世話してやるといつたので、とくは同居中の控訴人母はるゑの印章及び同人の印鑑証明書(乙第三号証布施市長発行昭和二六年一一月二七日付)、本件土地の権利証(乙第九号証の一、二)等をはるゑに内密に持出し、これを右中西林造に預け、その売却処分を委任し、更にはるゑ名義で買主名白地の本件土地の売渡証(甲第六号証の一)、中西宛の代金領収証(甲第六号証の二)、本件公正証書作成のための委任状(乙第四号証)を作成して右中西に交付した結果、右中西において控訴人の代理人として被控訴人橋本と本件土地の売買契約をなすに至つたこと、従つてはるゑは本件土地の売買につき全然関知せず、祖母とく、又は中西に代理権を授与したことがないことが認められる。
三、そこで被控訴人主張の表見代理の主張について判断する。
(イ) 民法第一〇九条の表見代理の成立するためには、或る者に代理権を授与した旨の表示がなされていることが要件となる。そして不動産売買において本人(法定代理人を含む)が委任状や、印章、権利証を代理人とされる者に交付するときはその表示をしたことになるであろうが、これらの書類や印章を本人が交付した事実が認められない以上、相手方がこれを所持するものと取引をしたからといつてそれだけで本人に同条による表見代理の責任を認めるわけにはゆかない。これを本件についてみるに控訴人の法定代理人はるゑが自己の印章や右書類等を何らかの目的のためにとく又は中西に交付した事実が認められないから民法一〇九条の表見代理の成立の余地はない。
(ロ) また民法第一一〇条の表見代理の成立するためには基本代理権の存在を要し、被控訴人らはこの点について(イ)控訴人の祖母とくがいわゆる世帯主として控訴人家の家政の主宰者であつたというが、これを認めるに足る証拠がなく、却つて前示乙第一号証の一、二に前示はるゑの証言を綜合すればむしろ右売買当時はるゑ(大正四年二月二三日生)は未亡人であつたが、とくと共に産婆をしており同女が世帯主として住民登録がなされており、むしろ右はるゑが世帯主であつたことが認められ、またとくが控訴人の所有の不動産について管理権を有していたとみられるような事跡は何も認められない。
(ハ) 被控訴人らは本件土地はもともととくが自己名義で買受けたものであるから実権はとくにあつたという、なるほど成立に争のない乙第八号証の一、二によれば本件土地を昭和一〇年六月三日付契約によりとくが関西土地株式会社より買受ける契約をしたことは認められるが、他方前示甲第九号証の一、二に当審における被控訴人橋本本人尋問の結果を綜合すればその後昭和一四年六月一二日付で控訴人の父(とくの子)橋尾光一名義で右訴外会社より同訴外光一に売渡証が作成され、同日光一名義で所有権移転登記がなされていることが認められ、被控訴人橋本は控訴人の代理人中西林造との本件売買当時右書類をみていたことが推認出来る。そして本件土地が光一のものであつたこと及び、控訴人が光一よりこれを相続したもの(これらの点は当事者間に争がない)と認めていたればこそ親権者母はるゑの代理人としての右中西と売買契約したものと認められる。してみれば、右光一名義の買受代金が光一より出たものであるか、とくより出たものであるかをせんさくするまでもなく本件土地は控訴人の所有であるから、それが嘗てとく名義で買受けられたことがあるという一事で、とくに本件土地についての管理権があるものとは認められず、かりに同被控訴人橋本がとく又は中西林造に本件土地売却について代理権ありと信じたとしてもそれは同人の過失といわねばならない。
(ニ) 被控訴人らは、控訴人の祖母とくは控訴人の母はるゑより控訴人の名において金借する権限を与えられていたと主張するが、この点に関する当審証人中西さくの証言は当審証人橋尾はるゑ(第一、二回)同橋尾とく(第一、二回)の証言にてらして措信せず、他にこれを認めるに足る証拠はない。その他とくが本件売買以前に控訴人を代理して控訴人所有の財産特に不動産を他に処分したというような事実も認められない。
以上認定のとおり、とくに控訴人を代理するについて何らかの基本代理権があつたとは認められないから、控訴人に民法第一一〇条の責任を生じる余地がない。
被控訴人らは本件不動産を買受けるにつき訴外中西林造がとくより交付をうけているはるゑの印鑑証明書や権利証を所持していたから同人に代理権ありと信じ、又かく信ずるについて正当理由があつたというが、いかにそのような事情があつたとしても、控訴人の親権者はるゑがとくに何らかの範囲の代理権を与えていたことが認められない以上、控訴人に民法第一一〇条の責任を帰せしめることは出来ない。けだし、実印や権利証は大切なものでありこれを他人に交付するのはよほど信頼するものでなければならないところであるから、これを所有する者を正当代理人と信ずることは民法第一一〇条にいわゆる正当理由ある場合に該当するが、それは本人が当該行為についての代理権は与えていないが他に何らかの範囲の代理権を代理人に与えている場合すなわち、代理人の権限踰越の場合であることを前提とするところ、本件においては前示認定のとおり右前提(はるゑの基本代理権の授与行為)が認められないからである。
四、追認について
被控訴人らは右売買について追認があつたという。そして成立に争のない甲第五号証同第一〇号証の一、二当審証人中西さくの証言被控訴人橋本の供述を綜合すれば、
訴外橋尾とくは被控訴人に対する本件土地の売買契約後大阪市東淀川区長より福島区大野町一丁目八番地石塚正一方橋尾光一宛の本件土地に対する昭和二六年一一月二六日付地租、固定資産税督促状(昭和二〇年度より昭和二五年度迄の分)を訴外中西林造方に持参したこと、被控訴人橋本が控訴人の昭和三〇年度の繰越固定資産税(昭和二八・二九年度分)を昭和三〇年七月二一日に代納したこと、控訴人方においては本件土地について現地の管理人をおくとか、自ら見廻るとかして十分な管理をしていなかつたことを各認めることができる。しかしだからといつてそれだけで控訴人が本件売買を追認したものと推認することは出来ず、他に控訴人母はるゑ又は控訴人において本件土地の売買を知りこれを追認したと認めるに足る資料がない。
第三、登記抹消請求(反訴)について。
本件の場合のように、形式的には原判決は一旦確定し、判決確定に基きその広義の執行としての移転登記がなされた場合、それを原状に復するには純然たる反訴の形式を要するのか、民訴法第一九八条二項の申立を以て足るのかは疑義なしとしないのであるが、原判決の確定は本件控訴により遮断せられたものであつて、右執行は実質的には仮執行に類するものとみられるべきものであるから、民訴法第一九八条二項(類推適用)の申立を以て足るものと解すると共に、右申立が反訴の性質を帯有するものなるに鑑み、その後同一事項につきなされた本件反訴は、右申立が不適法と判断せられる場合に備えてなされた予備的なものである。
控訴人主張の日時被控訴人橋本が本件土地についてその主張のような所有権取得登記をしたこと、その後その主張のように分筆してこれを別紙目録第二、第三の土地としたこと、右第二の土地につき控訴人主張の日時に被控訴人橋本が反訴被告根岸に贈与による所有権移転登記をしたことは各当事者間に争がない。
そして前記認定のとおり被控訴人橋本が適法に本件土地所有権を取得したことは認められないから、本件土地は依然控訴人の所有に属するものというべく被控訴人橋本は第二、第三の土地について、反訴被告根岸は第二の土地について各その所有権取得登記の抹消登記手続をなすべき義務がある。
第四、結論
よつて、被控訴人橋本の控訴人に対する所有権移転登記手続請求は失当であるからこれを棄却すべく、これを認容した原判決は相当でないから民事訴訟法第三八六条により原判決を取消し被控訴人の請求を棄却し、控訴人の被控訴人橋本及び反訴被告根岸に対する各登記抹消請求は認容し、訴訟費用の負担につき同法第九六条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 宅間達彦 増田幸次郎 井上三郎)